文学の処方箋 『人でなしの恋』江戸川乱歩 著
お付き合いしている人がいて、そして結婚の約束もしたけれど、どうしても不安が払拭できない という方がいらっしゃいます。
そんな時には、江戸川乱歩の 「人でなしの恋」 を読んでみませんか?
物語の語り手、京子は親の勧めのままにお見合いをします。相手は町でも有数の名家、門野家の御曹司、しかも「凄いような美男子」(注1)とあって、19歳の京子はまんざらでもなく、「どこやら陰気で青白く」(注2)といった様子さえ
彼の美しさの前に否定的な要素にはならず、実は女嫌いとう噂を聞いて少し不安になるものの周囲の羨望の空気の中で、しだいに有頂天にすらなったと京子は回想します。
さて、結婚してみると
「門野は噂ほどの変人というでもなく、かえって世間並よりは物柔らかで、私などにはそれは優しくしてくれるのでございます。」(注3)と、京子が語る通り、結婚生活の始めは京子にとって思いの外幸せを実感できるものでした。
ところが半年ほど経った頃から、京子はふと夫の様子に疑問を感じ始めるのでした。
「心では、何か遥かなものを追っている、妙に冷たい空虚を感じたのでございます。」(注4)
門野という男はもともと引きこもりがちな質で、若い頃から母屋の裏に建っていた土蔵の二階へ上がってそこにある書物を読み耽ることが多かったと聞いていたのですが、結婚してからこの半年土蔵へ近寄りもしなかったのに、最近になって足繁く土蔵へ入るようになった事に京子は気が付きます。そして注意して夫の動きを伺っていると、決まって夜更けに自分の眠った事を確かめるようにしながら床を抜け出し、土蔵に出かけては長いこと帰らないことを確認するのです。京子はいよいよ土蔵に何かわけがあると考え、もしかしたら誰か女性でもいるのかも知れないとこっそり探ります。
そして京子が知り得たのは意外な事実でした。土蔵の二階には、門野が若い頃から溺愛している「人形」が居たのです。
「まあ、なんということでございましょう。私の夫は、命のない冷たい人形を恋していたのでございます。」(注5)
門野は夜な夜な土蔵の人形を訪ねては、人形と語り合い、抱きしめ「人でなしの恋、この世のほかの恋」(注7)に耽溺していたのです。人形相手に「京子にすまない」と語る夫に京子は衝撃を受け、人形を恋敵と恨むことに。
京子は、人形が居なければ彼の気持ちは行き場を無くし、自分の元に戻るに違いないと考え彼の居ない隙に人形を無残に引きちぎります。それを見た夫が、どんな行動に出るかと思いめぐらせていた京子は、土蔵へ出かけたまま戻ってこない夫に気づき、土蔵の二階へ行くとそこには、心中したかのような、人形と変わり果てた夫の姿があったのです。
この小説の結末は極端に悲劇的な要素がデフォルメされていますが、現実に結婚した後に相手の予想もつかない姿にたじろぐということはしばしば起こることで、乱歩は闇を持つ人間の危うさや儚さを思い切って描くことで、こうした結婚の恐さを描きたかったのかもしれません。小説の中のお見合いのように、結婚するまでにあまり接点を持たずに相手の事が良くわからないまま結婚するということは、今ではあまりないと思いますが、結婚前に相手の自分に対する気持ちに疑念が生じたら、やはり一度立ち止まってよく考えてみるべきでしょう。
恋人でも友達でも、深くつながっていく始まりには “共感できる” ということが大きな要素としてあると思っています。自分以外の存在の中に「自分」を見つけられたら、それは自信や勇気になるでしょう。逆に、自分にとって大切なことを相手に伝えられないとしたら、それは壁を作ってしまうことになるでしょう。目の前にいる人は自分が大切にしていることを理解してくれる人かどうか、また、相手の大切にしていることを自分は認められるかどうかは、その関係性の明暗を考えるヒントになると思います。
結婚相手に対して不安を感じたとき、希望的観測で見過ごすのは冒険すぎます。不安の正体を、ちゃんと見極めたいと思ったときは、どうぞお気軽にサロンへお越しください。
注1~5 江戸川乱歩、「人でなしの恋」、創元推理文庫
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